プロフィール

20世紀彫刻の巨人
イサム・ノグチ


©朝日新聞社

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1904年11月17日(ロサンゼルス)─ 1988年12月30日(ニューヨーク)
詩人の野口米次郎を父に米国人の作家で教師のレオニー・ギルモアを母に生まれる。


1927年 彫刻家ブランクーシの助手を務め、自然と通底する抽象的な作品に衝撃を受け、その教えは生涯の指針となった。建築家との協働も多かったが、広島原爆慰霊碑案など実現しなかったプランも数多い。
1951年 光の彫刻「あかり」の制作に着手。山口淑子(李香蘭)と結婚(56年離婚)。
1967年 香川県牟礼町の石匠・和泉正敏と《黒い太陽》(1969年、シアトル市蔵)に着手。以後、和泉は生涯に渡る右腕となり、牟礼はニューヨークと並ぶ拠点となる。
1968年 ホイットニー美術館で回顧展を開催。
1970年 大阪万博のため噴水を制作。
1985年 ニューヨークにイサム・ノグチ庭園美術館を開館。
1986年 ヴェネツィア・ビエンナーレの米国代表に選出。京都賞受賞。
1987年 米国国民芸術勲章受勲。
1988年 勲三等瑞宝章受勲。北海道札幌市のモエレ沼公園に着手するも、心不全により84年の生涯を閉じた。

丹下健三、三宅一生、磯崎新など日本人クリエーターとの交流も深く、その生き様は多くのアーティストからリスペクトされている。
1999年 牟礼のアトリエがイサム・ノグチ庭園美術館として公開。
2014年 ニューヨークのノグチ財団によりイサム・ノグチ賞が創設され、杉本博司、ノーマン・フォスター、谷口吉生、安藤忠雄、深澤直人、千住博、川久保玲、蔡國強らが受賞している。


イサム・ノグチ庭園美術館 石壁サークル
撮影:齋藤さだむ

Message

撮影:閑野欣次

ノグチ作品にみなぎる圧倒的なまでの緊張感、溢れ出る生命力。
その真髄に触れる絶好の機会だろう。
(安藤忠雄・建築家)

撮影:山本遼

石に語らせ、光をひそめ、セカイのくびきを解き放つ。
イサム・ノグチが、ここにいる。
(松岡正剛・編集工学研究所所長)

類例なきコラボレート
イサム・ノグチと和泉正敏

イサム・ノグチ庭園美術館 作業蔵
撮影:齋藤さだむ

1964年、ノグチは日本での滞在中、香川県牟礼町で代々続く石材店「和泉屋」の三男である石匠の和泉正敏(1938-/現・公益財団法人イサム・ノグチ日本財団理事長)と出会います。 ノグチ59歳、和泉25歳の時のことでした。 若いながらも腕の立つ和泉のセンスを見込んだノグチは、その後、《黒い太陽》(1969年、シアトル市蔵)をはじめ、様々な石の作品の制作を任せ、同地に野外アトリエと住まいを構えるに至ります。

二人の仕事における関係は、単なる師弟のそれとは異なる、類例なきコラボレートと呼ぶべきものでした。ノグチが和泉であり、和泉がまたノグチであるような、稀にみる協働関係の下、制作が進められていったのです。そして和泉との出会いは、ノグチにとって彫刻家としての最大の転換をうながすものとなりました。現在、牟礼のアトリエは、イサム・ノグチ庭園美術館として公開されています。同館のミッションは、ノグチ生前のままの環境を維持することであり、残された作品とともにノグチ芸術の聖地というべき無比の空間を今に伝えています。